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 8.アフラシャブの丘 -ウズウズするぜウズベキスタン-
シャーヒズインダ廟群
シャーヒズインダ廟群
楽園のドア
楽園のドア
アフラシャブの丘
アフラシャブの丘
 翌日、サマルカンドの聖地「シャーヒズインダ廟群」に行くことにした。サマルカンドも滞在3日目になるとちょっと飽きてくる。今日はじっくりとこの廟を見てまわることにした。
 ティムール王に関係する人たちの霊廟が丘の上まで立ち並んいて、「死者の通り」とも呼ばれている。入り口の門をくぐり、そこから上までの階段の数を数え、それが行きも帰りも一緒だったら天国に行けるという言い伝えがあるらしい。僕はこういうことは苦手なので、数えてません。
 主な廟だけでも10箇所あり、一つ一つにとても美しい装飾が施されており、どれもが個性的で魅力があります。こういう廟をゆっくりと見ながら歩いていくととても気分がいいものです。もちろん、巡礼の人々も多く訪れますが、観光客はそれほど多くないです。
 この廟群の奥にある「クサム・イブン・アッパース廟」はモンゴル軍が来襲したときにも奇跡的に破壊されなかった建物で、サマルカンドで最も古い建造物となっている。この廟のドアの装飾がとても手が込んでいて、美しい。別名「楽園のドア」と呼ばれ、崇め奉られているらしい。

 それからこの廟群のすぐ近くにある「アフラシャブの丘」へ
 ここは13世紀にモンゴル軍の手によって、壊滅的に破壊されたサマルカンドの町の跡。人口の4分の3の人が惨殺されたといわれている。「動くものは全て殺せ!」というチンギスハーン。今でも何となく建物や壁の跡が残っている。この丘を見れば、彼の恐ろしさ・強さを計り知ることが出来る。
 その後、荒地となったサマルカンドをティムールが再建し、「青の都」と呼ばれるまでの美しい都に築き上げるのだが、チンギスハーンに破壊される前のサマルカンドの町を見てみたかった。この跡から想像しても、とても素晴らしい広大な街だったのではと想像してしまう。中央アジアの砂漠の中でここだけがいつも緑豊かなオアシスだったのだ。
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