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明朝、ビクトリアに到着。寝台列車に差しこむ朝日で目覚めたが、とりあえず体調は回復したようだ。そして水に浸かったカメラもなんとか動くようになった。一度シャッターを切るごとに動かなくなり、電源を入れなおさないといけないのだが・・・なんとかここビクトリアにおいてカメラもMaruも復活した。約束は守ったぜ!
とりあえずホテルへ、"VILLA VICTORIA"というところだが街中からあるいて10分、欧米系の人が経営するきれいで良心的(一泊USD20 観光地ビクトリアでは破格の安さだ)なところであった。やっとまともなベッドで寝れる。
街へ出てラフティングとヘリコプターの予約を取り、ついでに帰りの飛行機を予約しようとした俺達を待っていたのは予想外の事態だった。飛行機の席は3日先まで一杯と言う。カリスト氏は「飛行機、全然大丈夫!」と言ってたのに。航空会社2社とも返事は同じだった。FunkyMTはあせりまくり。しかし俺はなんとかなるような気がしていた。根拠はない自信だったが、3日も先ならキャンセル待ちだってあるだろうし、なにかうまい手があるかもしれないし。このへん、旅なれた者の余裕っていうの?
結局、ビジネスクラスは空いていて、ちょっと高くついたけどなんとか帰りの席も確保。我々はビクトリア・フォールズへと向かった。
木々にうもれて滝はまだ見えないと言うのにその轟音だけははっきりと聞こえてくる。林を抜けて目にした光景はとてつもない水の量を地の底に吐き出している、普通我々が考えている「滝」とは異質のものであった。ボッーとしていると風に乗った水飛沫で体が濡れてくる。とにかく写真とってビデオまわして・・・しかし水飛沫で隠れることもあっていい写真は撮れそうになかった。いや、カメラなんかでこの凄さを表現できないような気がした。FunkyMTにビデオを向けられ、俺はその時思いついたことをしゃべっていた。あとになって見ると、こんなレポートをしていた。
「凄い!しかし、はたしてビデオでこの凄さが伝わるのか? 私はこの滝を形容する言葉を知りません!とにかく来て、見ろ!これしか言うことが無い!」
ビクトリアの滝の見える第一ポイントに発見者リビングストンの像が有る。彼はここを初めて見たとき一体どう思ったのだろうか。この発見により彼は有名になり「世界の偉人伝」に名を連ねるまでになった。とりえず像の前で同じポーズして写真を撮ってもらったけど。
小学校のとき、みんなのうたで下記の歌詞のものを習った。
僕はマルコポーロ (ぼくは)→ハモっている
僕はリビングストン (ぼくは)
僕は・・・・<人の名前>(ぼくは)
僕は自由な旅人
滝にいる間ずっとなんという歌か、3人目の探検家は誰だったか、考えていたがどうしても思い出せなかった。なんにせよ、この歌を歌った約20年後「僕もリビングストン」になったのだ。自由な旅人への憧れはこの歌を知ったときから始まっていたのかもしれない。
滝は1.5KMの長さにわたり、ポイントごと表情が違う。全てをめぐり、つきあたりまでいくとザンビアとの国境にかかる橋が見える。ここで"世界一落差の有る"バンジージャンプをやっている。かなりクレイジーだ。2,3人飛び降りるのを見ていたが我々の出した結論は「やらない。」根性は問題無いんだが、お金がないから。こわいからやめたんじゃないんだから、決して「へタレ」呼ばわりすることのないように!
夕方はザンベジ川クルーズ。約2時間、ザンベジ川上流にて夕焼けを見ながら食事してアルコール飲んで・・・ザンベジ川で飲むザンベジビール。この旅行で初めてのリッチな体験。滝にばかり興味がいっていたが、このザンベジ川の美しさもなかなかのものだ。ただ、このときは知らなかったがこの川はとんでもなく強暴な一面も併せ持っていたのだった。
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